自分ノート

~自戒と教訓の旅~

雨上がりの深夜のアスファルト【ふとした・ダイアリー 第11号】

相変わらず、眠れない。眠気が、全く来ない。そして、眠ろうともしない。何か用事でもしようかなと言うように、最近になって、精神の均衡を保てるようになって来た。そんな中、久しぶりにジュースが、飲みたくなった。私は、普段から頻繁に、ジュースを飲む人間ではない。だから、こういうふうに、無性に飲みたくなる事が、たまにある。 自宅から徒歩数秒の所に自動販売機が、2台ある。深夜の散歩がてら、財布だけ持って買いに行くことにした。

さっきまで、小雨が降っていた。雨上がりのアスファルトは、独特な良い匂いで、とても涼しかった。 (後で調べたら、この匂いは、「ペトリコール」というらしい) どうやら、この匂いが苦手な人も多いらしい。まぁ、私は、真夏に生ゴミ詰められたパッカー車の匂いが、臭いとわかっていながらも、ついつい嗅いでしまうような人間なので、そこらへんは、そっとしておいてほしい。こんな深夜でも、窓からは明るい光が、飛び出している家庭も多かった。

自動販売機は、アインシュタイン博士が憤怒しそうなくらい、ハイコントラストに強い光を放っていた。(アインシュタインの話、嘘か真か知らない)大きい蛾のような虫は、集っていなかったが、小さい羽根虫みたいなのは、たくさん集っていて不愉快だった。買ったデカビタCは、とても冷たかった。

さっきの雨雲だろうか、月明かりに、明るく照らされて、呑気にそこに佇んでいるのがわかった。視線を空から地上に下ろしても、誰も居やしない。ただ、「ヴゥー」という自動販売機の低い稼働音だけが、私の耳には、確実に届いていた。遠くへは行かないよ。怖いから。

 

 

小さい頃、更地が好きだった。【ふとした・ダイアリー 第10号】

久しぶりに、近所をそぞろ歩いていると、そこにあったはずの豪邸が、きれいさっぱり無くなっていた。その更地の広さは、元豪邸だけあって、近所に比べればかなり広いものだった。更地になったそこには、サラサラとした白い砂利が敷き詰められていた。

私は、小さい頃から今まで、建設重機が好きだ。ショベルカーとかダンプトラック、クレーン車とかそんな類の所謂、はたらく車と呼ばれるものだ。小さい頃は、よく両親にねだって、工事現場に連れて行ってもらった。勿論、そこで働く建設重機を見る為だ。私は特に、解体工事現場が好きだった。大きな建設重機が、大きな音を立てて、その大きなアームを振り回し、頑丈なはずの建物を豪快に粉砕する、あの迫力に興奮を覚えた。(勿論、今でも。)

そんな一時の騒ぎが収まると、そこには静寂が訪れる。私は、そんな更地が、好きだった。勢いと激しさに興奮する喧騒。一時的に訪れる安らぎの静寂。そして、新しく芽生える建築。古いものが亡くなって、新しいものが生まれてくる。殺風景だと思われがちな更地にさえ、誰にも語られない物語があるのだと、私は思う。

しばらくすると、更地には「売地」との看板が立てられる。大抵の場合、買い手が見つかるまで放置されるのだろうと思う。近所に、もう一つ更地があるが、そこは長らく放置され、自然に還りつつある。買い手が見つかれば、そのうち、ボーリング調査であろうやぐらが立てられる。そのやぐらは、何かが、これから生まれようとしている印でもある。そのやぐらを見る度に、私はこう、不思議な気持ちになる。何が出来上がるのか、楽しみでもある。果たして、まとまらなかったので、ここにひれ伏す。

 

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

 

 

クーラーの冷気【ふとした・ダイアリー 第9号】

私が座った席には、クーラーの冷気が直接ぶつかって来ていた。現代の夏の風物詩だ。その冷たい風は、私の肌を容赦なく突き刺し続けた。小学生の時、職業体験でスーパーマーケットにある巨大な冷凍庫の中に入ったのを思い出した。あれはあれで好きだったのだが。あぁ、このまま私は凍っていってしまうのだろうか。そう思っていると、だんだんと意識がぼんやりとぼやけてくる。

私が、中学生だった時の話。夏休みの私は、学校に忘れて来てしまった上履きを取りに行った。 職員室で相談すると、担任が面倒臭そうに出てきた。すぐ側にあるグラウンドでは、テニス部や野球部員達の叫ぶび声が、私の耳に常に届いていた。夏休みになると、その大半をクーラーの効いた自室に籠もる私とは、まるで対照的で、それは印象的だった。焼けて真っ黒な肌色の中に、私の真っ白な肌は、傍から見れば醜いコントラストをなしていたと思う。

当時、私の教室は、新設された離れの教室塔にあった。比較的新しい作りではあるが、私はなんだか、プレハブ小屋のような印象があって、あまり好きにはなれなかった。担任が、防火扉の鍵を開けてくれた。「暑いんだから早くしてよね。」と、言われた記憶がある。教室まで走って行った。廊下は、案の定、蒸し風呂状態だった。映画「THE CORE」を彷彿とさせる。事前に受け取った教室の鍵で、私は教室の引き戸を開けた。

直ぐ様、入室する私は驚いた。キンキンになった冷気が、そこには無意味に佇んていたのだ。私は、思わず興奮を覚えた。「うおー、これが税金の無駄遣いかー?!」と。私以外誰も居ない教室は、その言葉の意味だけでご飯が三杯程、食べられそうになるぐらい興奮する状況だった。だけど私は、冷静だった。多分、人を待たせていたから。とっとと、自分の席から上履きを取って、教室から出ようとした。すると、フラっと一瞬、意識が歪んだ気がした。私は、その急ぐ足を止めて、その場に立ち止まった。誰も居ない教室からは、朝の暑苦しい日射と蒸し苦しそうな雨雲が見えた。微かに、テニス部と野球部の声が聞こえてきていた。そのお陰で、私は、より一層、この教室には、今、私以外の誰も居ないということを自覚出来た。目を瞑ってみた。何処からか微かに聞こえてくる声。待たせている担任の存在は、もう私の脳の端っこだ。相変わらず、埃っぽくて、黄砂混じりのような空気が、教室を支配していたが、そこにある冷気は、そんなことさえ抑え込んでしまうような、落ち着きさえ持っていた。その頃になると、もう私の肌からは、汗は引っ込んでいた。教室は、一時的に私だけの空間になっていたのだ。この瞬間、この体験、そしてこの記憶というのは、私だけのものなのだとすぐにでも理解できた。その優越感というかなんというか、よくわからない感情が、私をとても落ち着かせた。ふと、何か見えないはずのものが、私には見えた気がして、少し驚いた。するとどうだろうか、今まで脳の端っこに居た担任が戻ってきて、私は急に我に返った。急いで担任の元に戻ると、よくわからない顔をして迎えられた。

隣に座っていた人から尋ねられた。「夏と冬なら、どちらが好きか?」。私は、こう答えた。「夏も冬も好きだ。夏には夏の、冬には冬の情緒がある。四季によって変化する風景を望むのは、大変趣深いからだ。」とこんな所。