自分ノート

~自戒と教訓の旅~

老婆と犬【ふとした・ダイアリー第17号】

その日の私は、普段は前進側から数えて3つ目の客車に乗るのだが、今回は手違いで2つ目の客車に乗っていた。ある駅で乗ってきた乗客の中に「あうーあうー」と低い声を発する人がいて、私は、いつもの癖で身構えた。その声に主は、ちょうど、座席に座っていた私の隣にやってきた。その正体は、犬であった。黒いネットの網かごの中に、中型犬よりちょっと小さいくらいの白と小麦色の毛をした犬がいた。(私は犬に詳しくないので犬種はわからない)その子が、ずっと「あうーあうー」と苦しそうに鳴いていたのだ。私は、こんな風に鳴く犬を始めて見たので、とても驚いていた。飼い主は、白毛の老婆だった。ガタガタと大きな音を立てて揺れる電車、じんわりと肌を焼いてくるような5月の日射が差し込む車内で、老婆はひたすらに、その愛犬を宥めていた。「いっちゃん、もうすぐだよ。病院行こうね。」「いち!ダメだよ。静かにしなさい。」その言葉一つ一つに、いっちゃんは、強く吠えたり、また苦しんだ声を出していたりした。周りに乗客はそれなりに居たが、みんな自分だけの世界に没頭していた。私もそうだった。獣臭さや、いっちゃんのその思い出すだけで胸が苦しくなってくるうめき声が、車内に充満していた。次第に私は、その老婆が、とても不憫に思えてきた。車内で無言の不満が、音も立てずに堆積していくような感覚を私は人一倍感じていた。それから、私は、何か一言でもその老婆に声をかけてあげたいと思った。そうすることで、老婆の気持ちが、少しでも安らぐといいなと思った。私の降車駅が近づいてきた。私は立ち上がって老婆の横に立った。そうして、私は、強張った笑みを老婆に向けて言った。「良くなると良いですね。」すると老婆は、「もう老犬なんです。19歳なんです。」それを聞いてすぐ、私の顔の力は抜けた。その老婆の言葉の意味は、たぶん、いっちゃんが、もう長くないって事を意味していたのであろう。(あとでネットで調べたが、19歳の犬は、人でいう100歳ぐらいらしい)私は、独り、西日を望む荒野で夕刻の生ぬるい風を感じているような心持ちになった。そういうふうに、私が呆然としていると、彼女から「ありがとう」と一言言われた。知らない人に話しかけるなんて慣れていないことをした私の顔面は、真っ赤になった。むず痒く冷えた私の背中を、今日のこの日射で乾かしたいがために、私は足早に降車した。遠くから、いっちゃんの「あうーあうー」という声が聞こえてきた。 

 

雑記帳(4/2019)

 

sasurainoyama.hatenablog.com

 

 

両親が「人はだいたい三元号を跨ぐ。そして、三元号目に死ぬ。」という話をしていたのを思い出した。

 

スーツ着るたびに、Glock26を胸ポケットに入れたくなる

 

絵を描く、ブログを書く、写真を撮る。全部、私が自分自身に、生きている価値を付加する行動だったんだ。

 

誰もいない静かなところにだって、何かそれに関するエネルギーが存在している気がして、私自身は、そのエネルギーを感受することに長けているなぁといった印象。なんでもない場所でもなんでもある場所でも、そういう所へ出向けば、癒される。


風を感じたり、耳をすますと聞こえてくる世界の音だったり、肌で感じる温度や目で望む景色。どれも大好きで、どれも独り占めできるから、思う存分、味わえるから


今日は寒かった。桜は7部咲き。淡く輝き雲の間に見え隠れする夕陽と、遠くから聞こえてくる飛行機雲、風に乗って肌に染み込んでくる春の空気

 

これを眼前にした時、ふっとこのまま死にたいなと思った。この美しい景色に感動して、それを素直に自分の身体へと染み込ませている今この瞬間に死ねたらなんと嬉しいことだろうかと思った。是非とも、本当に死ぬ時が来たら、美しい景色とその場に染み込んでいる時に死にたい。

 

一度体調を崩してからと言えども、自分の体調の変化に敏感になった。少しでも疲れてきたらなるべくそれを改善するか、好きなことをするようにしている。これが長期間にわたって続くと死ぬのよね

 

自分の葬式があるなら、お祭り騒ぎしてほしい

 

何もしたくない日ぐらいある。だって、ワイ生きているから。

 

人身事故による遅延を初めて経験した。事故か自殺かはわからない。その一報を耳にした時、面倒くさいなとか迷惑だなとか思った。けれど、もし自殺だったら、それほどまでに追い詰められていたのかと思いを巡らせると、まぁ、自分が迂回したり、他人に少しだけ迷惑かけたぐらいで現状回復できることなんだし別にいいかとも思った

 

生まれたからには、生きなくちゃいけない。それは、私自身の責任なんだ。

 

お布団で急速充電なう🔌

 

毎秒favほしいな

 

今日一日、慣れないタスクばかりして物凄く疲れているのだけれど、帰り道にある桜さんが、満開になって私の労を労ってくれたので、嬉しかったよ🌸

 

赤毛のアンで大好きなアンの言葉「とにかく、私は、私以外の私にはなりたくないわ。例え、ダイヤモンドの指輪を手に入れられる人生じゃなくてもね。」

 

すごい。車窓から望む18:35の空が、少し深いコバルトブルーでとても綺麗。良いもの見れたよ

 

たばこ、今後とも吸わないつもりで生きているけれど、時々、疲れた時とかストレスフルな時、手を口に当てて、口で大きく息を吸い大きく吐くということをしている。なんなのか。深呼吸かな?

 

普段は2時間かかる作業も必死にやれば1時間で終わる。けれど、やらない。それは、CPU稼働率でいう100%を維持する事になるから自分にとって負担が大きい。だったら、稼働率50%維持したい。まぁ、要領悪いから毎日80〜90%が実情だけれども。

 

森先生だって、「いつだって、自分の実力より低く動け。いつでも、無理ができるように。」みたいなことを言っていた。余力を蓄えとかないと、いざという時潰れてしまう。

 

中学生の時、毎日5〜6kgのリュックサック持ち運んでいた。これがラップトップとタブレットとノート一冊だったらどれだけ楽か。

 

最近、ふと眼前に伺う景色が綺麗だなぁと見惚れてしまうことが多い。もうすぐ死ぬのだろうか

 

絵をしばらく描いていないと、心が寂しくなる。これ、危険信号だ。

 

唐突に頭に浮かんできた「うんこアイランド」という言葉に、一人爆笑している

 

本当に大切なことは、よく忘れてしまうからこそ、なんども思い出して、確かめさせてくれる。

 

やはり、作品として創り上げるか、いつでも解凍できるように冷凍保存しておくようにしておかないと、作品ネタって直ぐ腐るな。

 

腐った作品ネタ読み返すと、顔真っ赤になるにだけど、自分の作品を見返すと、顔は真っ赤にならない。たしかに、技術や表現が拙いのは確かではあるが、あの時、必死に頑張って創り出した作品に対して、羞恥心なんぞ、微塵も感じない。

 

謎の彼女Xは、俺の青春。

 

大切なのは「継続すること」だから、最初で燃え尽きてしまっては、意味ないんだよなぁと学んだのじゃ。

 

今日、昼にカツカレー食べながら、イチロー選手が「カツカレーなんか外道」と言っていたのを思い出していた

 

うーん、やっぱり静かで広い空間が一番心地よくて落ち着く

  

変身したい。自分じゃない自分に変身したい。自分という存在から解放されたい。できれば、フリフリの服が似合う可愛い女の子に変身したい。

 

キャパオーバーしかける度に、私の眼前に林修が出てきて、「優先順位だけは間違えるな!」って言ってドヤって来る。ありがとう

 

自分の人生を生きろや。他人の心配してるヒマあるんかいな。

 

早く、50歳になって、妻子に逃げられて、アル中になって、ハゲて、失職して、隣町の汗臭いデブでヤブな精神科医からうつ病の診断書もらいたい。本物になりたい。

 

超久しぶりに絵を描く時間が取れたというのに、絵は描かずにtwitteryoutubeに費やしてしまった。思い返すと、生産活動よりも消費活動の方がラクなんだなぁと思う。とりあえず、お絵かきする時は、スマホはthrow awayして、ネットとSNSはブロックするよ

 

特急大好きマン

 

あかん、チームメイトと理解度にギャップありすぎて話が噛み合わない。もう、委託します

 

なんかこう、1週間の体力を使い切らないようなライフスタイルを確立せねばな

 

真面目とか誠実性とかが美徳とされていて尚且つそれを盲信しているようだったら、適度に手を抜くという意識をもって実践したほうがいいと思った。不条理で報われない社会もあるのは事実なのだから、こう、自分の資源をセーブしたほうがいいよ

 

宿題写させてって言われて、なんの見返りも求めずに二つ返事で見せることが「優しさ」ではないと思うんだよな。見せる見せないはともかく、そこで宿題をやっていない事を咎める所に優しさがあるのではないだろうか?で、一番何が言いたいかって、そういう無償の奉仕や犠牲に慣れてしまうと、人はトコトン横暴になるということ。

 

なんだか、「趣味を仕事にするぞ!」と考えた瞬間から、趣味をすること自体が苦痛に感じてくる印象がある。だから、仕事につながるような下積みをしつつも、「ワンチャン」狙って続けていこうと思う。

 

平成が終わろうが終わらまいが、令和が始まろうが始まらまいが、俺の人生は死ぬまで続くという事実に絶望している

 

令和が終われば、次は俺が死ぬ番だ。

 

 

雑記帳(3/2019)

 

sasurainoyama.hatenablog.com

 

 

夕方くらいに入るお風呂が一番落ち着く

 

毎日30分!Twitterいいね!押すだけ月収100万円!!!

 

昼夜逆転するとダメになるということがわかりました

 

もっと怠惰に生きていきたい

 

戦時中に生まれたら、私はきっと兵士となって戦い死に其処へ祀られるという将来が約束されているのだろうけれど、そういう風に将来が見えているという生き方も良いのかもしれないと思った

 

最低限度の生活レベルを上げてしまうと、生きるのつらくなってくるな

 

午前四時の寂しい匂いがするぽよ...

 

徹夜した夜明け、とてつもない不安感と絶望感と焦燥感に襲われるの怖い。

 

一直線に突っ走って、傷ついて、でもそんな自分が嫌いじゃない。君ってそういう人でしょって言われた事を思い出した。

 

やりたい事が、腐りそうなぐらい沢山あるから、マヂ死んでられねぇ...

 

うーん、やっぱ2000年代初期の映像作品すごく好き。少しすす汚れたショーウィンドウのような映像美というか。その微妙な不鮮明さやテープから伝わってくる不安定さ。退廃として絶望が頓挫する中に、どうしてか希望と共鳴する心が存在できるあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー好き

 

表現は、何層にも重ねて行く毎に成長していくというか。会得した技術と持ち余した情熱とが重なり合う瞬間とか、次もまたこんな機会に出会えると良いなという期待感。表現がやめられない理由かもしれない

 

メンタルの健康の維持。私の場合、その殆どが「睡眠」にかかっている

 

勉強する時は、部屋からスマホを追放するから、イラスト描く時も追放してみたら、集中力が凄く持続したゾ

 

「自分の目指すべき目標」と「自分の現状位置」さえはっきりしていれば、後は進むだけだと思うのだけれども。自分を信じよう・・・。

 

下手で脆い成功体験積んじゃうと、それをいつまでも引きずって苛まれるよね。とっとと引っ張るのやめた方がラクだと思うけどなぁ。

 

勝ったとか負けたとか認められたとか、そういう自分の中以外から「与えられる」モノを自尊心として扱っていると脆いと思う。だったら、自分の中からしか湧き出ないものを信じて自分と向き合い続ければ良いんじゃないのかなぁ...

 

執着するとなぁやっぱなぁ厳しいよなぁ。適切な距離感を保つことの重要性を感じる

 

相手を思いやってやるとなんだかイライラする心境もおさまった。この人は、可哀想な人なんだとか苦労している人なんだとか愛が足りていない人なんだとかって。ってこれが思いやりなのかよ?

 

異世界転生モノで、うまくいかない現状から転生するも、その先でもうまくいかないみたいなのあると面白いな。あ、人生のことジャン。

 

昔見た夢のメモが、出てきた。すっかり忘れていたその夢もメモの文字を追うごとに、あの光景が鮮明に思い出されて嬉しかった。忘れてなんていないんだって、思い出せないだけで。

 

描きたい絵がありすぎて、こまっちゃうなぁ〜〜

 

絵が描けない日が続くと不安になる。強迫観念のような。これには、しんどくさせられるので極力気楽に乗り越えたいのだが

 

どうにもならない思いや言葉、憎しみなどが、タップ操作を通して「にゃーん」となる。

 

エスカレーター、2車線なのに1車線でしか利用しない問題。如何に解決しようかと考えてみたが、そうか、4車線にしたらイイんだ!と思い付きテンションが上がってしまった。

 

憂鬱な時に、他のことすっぽかした挙句にtwitterに勤しんで、積極的に自分の心を八つ裂きにしていくのやめような

 

 やり始めれば、ほんの数十分で終わるタスクだっつーのに、やり始める前が一番の難所で、こう「自分には決して越えられないコンクリートの壁」のように思えてしまって、なかなか動き出せない。

 

3日ぶりのお絵かきで、「やっぱお絵かきって楽しいな」って思った今日は幸せ。

 

「ノベライズ」の「ライズ」が目に入り、「TEXHNOLYZE 」と脳内自動変換された為、一瞬興奮した。

 

#今日も一日ツイッターやめたい

 

慈悲favねだる時、だいたい心が荒んでいる。

 

心が荒むと、とりあえず、未完了タスクを創出しまくって、その場から自分を一歩も動けなくする悪い癖。

 

私もただ、生きているだけ。それだけ。

 

いろんなこと、諦めていこう。

 

いっぱい描こうね。自分の表現を世界をいっぱいいっぱい描こうね。

 

困っているあの人を、誰かを、自分の知識や経験を駆使して救いたいという思いに駆られる。でも、それって、単に、その誰かの事を見下しているだけなんじゃないかって思ったのよ。

 

無知で傲慢だ。人間やめたい。

 

世の中に問題提起だけして、それなりの地位を築きたい。

 

いいね!いっぱい貰って嬉しかった反面、何か虚しさも感じたよ。

 

他人の人生が、そんなに気になるのか?

 

自分の脳のメモリが、物凄く小さいとわかった気がする。すぐショートしてしまうというか。丁寧にタスク整理して、タスクを把握していかないと。

 

お前も相当なロクデナシのくせに、他人に対してロクデナシなんて言えた立場じゃねぇだろ。

 

中学生の頃に熱中していた外国のネットゲーム運営から「Youのやってた思い出のゲームを再販したで!」ってメールが届いていた。何年も経っていたのですっかり忘れていたため驚いたが、なんだかとても嬉しかった。買わないけど。

 

何かを知らない人間が居たら、どうしてまず、彼を批判し蔑むのだ。何かを知っている人間が、その何かを知らない人間に教えるのが筋だろうに。

 

常に何かに焦っていて生き急いでいるように感ぜられて疲れる。もっと、ゆったりしたいものなのだが。

 

時間がない。時間がない。と言う割には、twitteryoutubeを見る時間はあるようなので矛盾

 

不完全を楽しめない。楽しむ余地がない。

 

俺のこと虐めてきたヤツら全員、タニシに生まれ変わっているから、お前らも覚悟しとけよ。

 

他人が勝手に作ったカテゴライズに生きるのやめような。自分自身ぐらい自分でカテゴライズしていこうな。

 

久しぶりに梅田のヨドバ行ったけど、人多いしうるさいしごちゃごちゃしてるし電光も眩しくて心かき乱された。気軽にいくもんじゃないね。あと、普段行かないところには、メガネ必須。

 

自分のことをあたかも「成功者」のように振る舞う、また胸を張るオトナには、気をつけろ!

 

世界が一度滅亡して、僅かな人口の一人として生き残ったら、自分で一から家を建てたい。

 

絶対に同人誌作ってコミティアに出展する。いつになるかはわからんが

 

(再掲)好きなものに注ぎ込んだ額が、それに対する愛の深さであるとは思はない。注ぎ込んだ額というのは、要は結果でしかなく、成果ではない。

 

年寄りになって惨めに地面這い蹲って、自死出来ずに生きるのなら、体も元気な若いうちに死んだ方がいいのかもしれない。てことで、ショートスリーパー目指そうかな

 

他人ほど私の人生に対して無責任な存在はいないし、だからこそ、自分自身ほど自分の人生に対して責任を取れる存在はいない

 

夜更かししていい事なんて何一つない。ウツになるだけぽよ

 

「絵を毎日描かねばならない」「早く完成させなければならない」と強迫観念に襲われていたので、あえて、ここ数日、イラスト制作をお休みして見せているが、なんというか、人生にハリがない。

 

1週間経ったけど、毎日が平凡過ぎる。体調崩しているのも相まって、ひたすらに自分の存在意義を確かめあっている。というか、なんだか耐えられない。途中までのやった制作やその資料を眺めては、「あの時は楽しかったなぁ」となっている。描こう。

 

高校時代、趣味なんて全くと言っていいほど出来ていなかった。毎日ただ、学校行って、授業受けて、課題して。普段私が、家で何をしてリフレッシュしているのかと問うてきた体育の教師に、自分は何も答えられなかった。せめて学業だけでもと燃料がカラのエンジンをかけようと必死で藻掻いた所、潰れた。

 

自分は不器用で要領も悪いし、人一倍頑張らないと普通にすらなれない無能なのだけれど、だからといって、燃料補給もせずにカラで動き続ければ死ぬ。自分にとって、趣味はそういうものなのだろう。寝よう。バランス感覚ないな?んー

  

(再掲)常に他人を畏れ、自我を保ち続ける忍耐力。すなわち、生きる力なり。

 

人生ってマイナスとプラスの連続で、最終的には0になる...。

 

寂しい時は、寂しいって言えばいいし、ハグしてほしい時は、ハグしてほしいって言えばいいし、そうしたら楽になれるよ。

 

だから、異端を包みこむことなしには、やさしさなどといっても、あやしい。一見はとても「やさしい」心の持ち主たちが、自分の仲間以外にたいしては、ひどく残虐になったりした例は、歴史上もよくあった。仲間同士ではなく、仲間からはみだしている人間に心をかよわすなかに、やさしさはある。「まちがったっていいじゃないか」森毅,ちくま文庫 P.18L6

 

色々な事に焦りを感じ、しんどくなっていたが、思い返してみると、お絵かきも最初4年間ぐらいは模写ばかりしていたし、写真もD40とキットレンズで4年目だと。こう、焦らなくても、着実に前には進んでいる訳だし、気長に自分のペースで楽しんでいっても大丈夫なんだなと思った次第。

 

ダメな自分でいる事はつらいのではあるが、楽なのである。ダメな自分から抜け出すと突然に不安が襲ってくる。ダメな自分としていられない自分自身が、なんと脆いことか

 

(再掲)唯一無二の存在になりなさい。

 

昔、NHKの番組で、森に入っては其処で自然の水彩画を描くおじいちゃんの特集をしていた。彼が「今の日本の森は、本当の森じゃない。スギばかり植えられた、人間によって管理された森ばかりで悲しい。」と言っていた。河川同様、山も人間によって殺されてしまったんだ。

 

何もせずダラダラと自分の人生を浪費している時が、一番不安になる。やっぱり動いていなくてはいけない

 

頑張っている人達が目障りな時、それは自分が頑張っていない時。いや、頑張れない時であってほしいな。見ない見ない。もう何も見ない。

 

生まれてきてしまった私が悪い。死ねないなら生きるしかないでしょ。建設的に考えようよ。

 

どうせ死ぬまでの暇つぶしだし

 

建設的に生きていこう!建設的にーっ!

 

不器用な人間は、一生不器用なままだし、不器用じゃない人間は、一生不器用な人間の事を理解出来ずに苦しむ

 

親は、結局、自分の劣化コピーしかつくれない。親のせいにしているんじゃなくて、劣化コピーなら劣化コピーなりに生きて行くしかねぇよってこと

 

自分の悩みを誰かに相談することが苦手だ。愚痴るのもなんだか気が引ける。家族は、それほど信頼していないし(関係が悪い訳ではない)友人や恋人にも、こう、自分の心の中のヘドロをぶっかけているような気がして、とてもじゃないけど厳しい。だからこそのカウンセラーというか。あの人達は、そういう仕事だからこそ、自分もその状況や立場に甘えられて、あれこれ話せる。もちろん、信頼関係は、ある程度は構築していく必要があるのだけれど。

 

今日、風が強い日だから、川が波打って畳みたいになってる

 

同人誌を求めて独り旅に出るこの興奮、楽しいな

 

同人即売会へ向かう列にまじるとドナドナ

 

自分の中に居る悪魔と向き合う瞬間がなんだか苦痛だ。突然として認識させられる。

 

自分も、誰かに、自分の幸せを分けてあげられるようになりたい