自分ノート

~自戒と教訓の旅~

「秒速5センチメートル」の感想と「まだふわ会」の宣伝

私は7/9(日)23:00からこれに参加する予定でした・・・。

 

 

 

目次

 

 

││「ツイキャスで感想喋るよの集い」とは

 タイトルにある「まだふわ会」とはツイキャスで感想喋るよの集い」のあだ名みたいなものです。隔週23:00より、ある1つのコンテンツ(アニメとか本とか)について自分の思ったことや考えたことなどを語り合うキャスです。私もよく参加させて頂いております。7/9は「秒速5センチメートル」がトピックでした・・・ですが

 

 

当日、私は寝落ちしてしまいまして・・・。感想を話したかったのに寝てたという失態を犯してしまいました。あの時は申し訳なかったです。

というわけで、僕の「秒速5センチメートル」の感想はこのブログに書こうと思った次第です。以下、その感想と考察となんやらです。「秒速5センチメートル」を視聴した上で御覧ください。

 

www.b-ch.com

anime.dmkt-sp.jp

 

 

※以降、さすらいのやまによる「なんちゃって考察」が含まれます。以降の文章により読者さんにトラブル等が起こってもさすらいのやまは一切の責任を負いません。ご了承下さい。

 

 

││「秒速5センチメートル」のビジュアル

・手紙

貴樹と明里は小学生時代には主に「電話」と「手紙」を使って連絡を取り合っています。しかも、電話は「公衆電話」と家の「固定電話」。貴樹が明里に会いに行く時、貴樹の手に持った手紙には路線のメモがきっちりと書かれています。

 

今じゃ全部スマホで出来ることです。

 

私が電車を使って出ていく時、路線のメモはいつも「スマホ」にします。だからこそ、「手紙」に書かれた路線のメモに驚きと懐かしさを感じました。

そして、貴樹は明里に会いに行く途中、手紙が風に飛ばされて貴樹の感情が吐露するも必死に耐えるシーンがあります。あのシーン好きなんですけど、「手紙が風で飛ばされる」っていう表現も今となっては逆に新鮮でこれからはその表現自体難しくなるのかなって。

 

スーパーファミコンガラケー

これらは1990~2000年代の製品です。他にも小学生時代の貴樹の部屋には大きな「ラジカセ」みたいな物もありました。こういう少し古いというか、幅は広いけど1970~2000年代好きの僕からしてみればウハウハです。

 

 

││第一話 桜花抄

明里を追いかけるも踏切の遮断機に貴樹が遮られてしまうシーン。なんだか貴樹と明里って限りなく恋人の関係に近いんだけど恋人同士ではないって感じがします。あの距離感って一番微妙だけど一番落ち着くなって個人的に思いました。貴樹と明里との他愛ない会話の時間が貴樹にとっても明里にとっても「静かな幸福」として確かに存在したのかなって。

何でもない日常を過ごすってとても幸せなことだと思うのです。それを「静かな幸福」って呼んでいるんですけども。「静か」故にその幸福には気づきにくいし、自分の知らない間にふっと消えていてそれに気づいては憂鬱になるというかなんというか・・・。

 

 

││第二話 コスモナウト

・貴樹君の「目」が好き

この話でずっと貴樹君は「寂しく愁いびた目」をしていると感じました。ずっとどこか遠くを見つめて何かを心配しているようなあの目が好きですね。

後半、澄田ちゃんの「時速5キロメートル」との発言に貴樹は大きく反応し今までにないくらい真剣な顔をします。それは貴樹にとって明里が「遠く朧げな存在」になりつつあったのかなって。

「深淵にあるはずと信じる世界の秘密に近づきたい一心で・・・」

「どこまで行くのだろう。どこまで行けるのだろう・・・」

との貴樹の発言から、貴樹が明里をただ遠くから見つめるだけの存在になっていったのかなって。そう、ただ遠くから見つめるその目があの目だった、のかもしれません。

 

「静かな幸福」は同時に「優しさ」でもあると思います。その「優しさ」がいつまでも続くと思ってた。どんなことがあっても達成されるものだと心の何処かで信じてた。それが消えてしまいそうな不安でさえ信じなかったし目をそらし続けた。その「優しさ」に縋り続けた。「信じ続けていたものがいつの間にか消えてゆく」事への「静かな不安」、それがあの目だったんじゃないかなって。

 

 

││第三話 秒速5センチメートル

大人になった貴樹が「あの線路」で明里と思われる女性とすれ違うシーン。貴樹はその姿に気づいた時に振り返らず、足早に少し歩いてから振り返りました。お互いが遮断機の向こう側で振り返りました。その後、女性は消え去り貴樹もその場を去っていく。

このシーンって貴樹が自分自身の「過去」に対して「決別」もしくは「折り合い」をつけたのかなって。貴樹は遮断器の向こう側までわざわざ行って振り返ったし。でも、それだと貴樹に少しの「未練」が含まれるよなぁと・・・。

その場を去る時、貴樹は「これで良かった」かのような顔(目)をしているように見えました。2周目にてこの顔に気づけたのが幸いでした。どうであれ未来へ歩みをすすめるような決意までいかなくてもポジティブなメッセージを感じました。

 

 

││まとめ

 「桜の花びらが落ちる速度、秒速5センチメートル。」

この台詞を初めて聞いた時の印象は「遅くね?」。桜の花びらというものにもピンと来ませんでした。でも、それは遅くもあり早くもあるのかなぁって。桜はとても綺麗で見ていると心地良いですがいつか必ず散ります。「静かな幸福」もそうだった。散った桜はもう二度と元には戻らない(どこかのアニメの台詞)

 

1周目見た時、涙ぐんで心がきゅーっとなりました。この作品に投影した自分自身の過去への朧げな憧れや未練や回帰的な望みがあったのかなって。

2周目見た時はなんだかポジティブに感じ、たぶんラストシーンの貴樹の目に救われたのかなんなのか。自分の過去への思い出化、合理化、折り合いをつける、誰しもが(?)

 

この作品において「どれだけ自分の過去を投影出来るか」って重要だと思います。私自身もブログに書けるほどの美しい経験をした訳ではありませんが、彼(=貴樹)のした経験に何かを投影したんだと思います。

 

秒速5センチメートル」  ★x4 (僕の独断と偏見です。★x5が最高点)